病院事業管理者ご挨拶

 東京、大阪など人口密集地域を中心とした発想からの地方である三沢市は、青森県二次医療圏のひとつである上十三地域にあります。 香川県とほぼ同じ面積の圏域に5施設の公的医療機関があり、そのうちのひとつが三沢市立三沢病院です。 圏域の広さとはうらはらに、当院が担当する医療圏域人口は約12万人と推定され、交通の利便性から阻害されている地域であると言わざるを得ません。 この不利な立地条件にあって、地域の医療の大半を担い、地域完結型の医療を行わなければいけない必然性があります。

 私は1999年(平成11年)に当院へ赴任いたしました。 それまでの一般医療に加えて、すでに勧告されていた「診療機能再編成計画」の骨子に基づき、「がん診療の充実」、「循環器疾患の二次治療までの体制の確立」、「脳血管疾患の後治療と後方診療体制」、そして三沢市を中心とした「地域の医療の完結型診療体制」の整備と拡充を順次行ってきました。 必要診療機器の設置はもちろん、当該専門医師の要請から指導医の充実による専門医師の養成まで進めてきました。 その結果、当院における循環器病、特に心臓疾患の診断と治療の充実と進歩、ならびにがん化学療法の先端先進的分野では、都会にあるいわゆる「センター」にも今や引けをとらないものとなっています。 さらには、実績が認められて、2007年(平成19年)1月には地域がん診療連携拠点病院に指定されました。 これまでに取得した様々な学会の指導施設認定をはじめ、弘前大学との関連で臨床研修医指導施設にも認可されて、若い医師たちが研修を受け巣立っていっています。

 三沢市のスローガンである「人とまち みんなで創る 国際文化都市」の理念のもとに、三沢市立三沢病院は、診療はもちろん、学術学問を追究することで数多くの学術論文の発表を行い、さらには院内医誌を刊行して、最高の医療、先端的医療を住民に提供することを心がけているところです。

 また、三沢市立三沢病院は、当圏域内で唯一周産期医療を取り扱っている公立病院として、その任を果たす努力をしています。しかし一方で地方の公的医療機関に押し寄せる勤務医の不足と欠如は、何にもまして深刻で当院も例外ではありません。 これらの医療水準と医師を確保していくためのさまざまな努力がなされています。 県内においては先進的な院内保育所を設置することで労働環境を整え、海外研修を含め様々な研修への派遣を積極的に展開して、向学心に燃える医師及び医療スタッフのキャリアアップに努めております。

 このような様々な困難が立ちはだかる中において、三沢市立三沢病院は、更なる飛躍的な進展を希求して、2010年(平成22年)11月8日に念願の新築移転を行い、50年を超える病院の歴史に新たなページを加えました。

 さらに、地方の公的医療機関に押し寄せる医療不安の急流に飲み込まれることなく、独自に医療体制の充実に向けた取り組みができるよう、2013年(平成25年)4月1日より地方公営企業法全部適用の病院に移行いたしました。

 この全部適用に伴い、これまで三沢市長が持っていた広範な権限を与えられた特別職の病院事業管理者が新たに設置されることとなり、この度、三沢市長の指名を受け、初代の病院事業管理者として就任いたしました。

 これにより、三沢市立三沢病院は、私の経営責任と権限の明確化のもと、職員の意識改革を図り、病院経営の自立性を高め、医療を取り巻く目まぐるしい環境変化に、より機動的かつ迅速、的確に対応することで良質な医療サービスの提供に努めて参ります。

 政治は中央から行われ非常に疲弊しています。医療こそは地方から国民を支えていかなくてはならないと心に誓うものです。

 地方における医療の担い手として、その維持・発展に思いを共感できる医療従事者を心よりお待ちしております。

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